「ベトナムコーヒー」と聞くと、独特なアルミフィルターを使って、ぽたぽたと時間をかけて抽出する光景を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。あのゆったりとした時間はベトナムコーヒーの魅力の一つですが、なぜあんなに時間がかかるのか、不思議に思ったことはありませんか?
実は、その「時間」こそが、ベトナムコーヒー特有の濃厚で甘い味わいを生み出す秘訣なのです。この記事では、ベトナムコーヒーになぜ時間がかかるのか、その理由を紐解きながら、ご自宅で本格的な味を再現するための美味しい淹れ方、さらには現地のカフェ文化に至るまで、幅広く、そして詳しくご紹介します。この記事を読み終える頃には、あなたもきっと、ただ待つだけではない、奥深いベトナムコーヒーの世界に魅了されているはずです。
ベトナムコーヒーに時間がかかるのはなぜ?

ベトナムコーヒーの抽出に時間がかかるのには、主に3つの理由が関係しています。使用する器具の構造、コーヒー豆の特性、そして独特の淹れ方です。これらが組み合わさることで、あの濃厚な一杯が生み出されます。
専用フィルター「フィン」の構造
ベトナムコーヒーを淹れる際に欠かせないのが、「カフェ・フィン」と呼ばれる専用の金属製フィルターです。 このフィンは、カップに乗せる「下皿」、コーヒー粉とお湯を入れる「ドリッパー(カップ)」、粉を上から押さえる「内蓋」、そして保温のための「上蓋」の4つのパーツで構成されています。
一般的なペーパーフィルターと違い、フィンの底には細かい穴が多数開いており、紙を使わずに直接コーヒーを抽出します。 この構造により、お湯がゆっくりとしか下に落ちていかないのです。 フィルターが3段構造になっているものもあり、さらに時間をかけて抽出することで、より濃く苦いコーヒーが出来上がります。 抽出時間はだいたい5分から10分ほどかかり、この「待つ時間」がベトナムコーヒーの特徴の一つとなっています。
深煎り・細挽きのコーヒー豆
ベトナムコーヒーには、苦味が強くカフェインが豊富な「ロブスタ種」という種類の豆が主に使用されます。 このロブスタ種の豆を、チョコレートのような香ばしい風味を引き出すために深煎りにし、さらに細かく挽いて使います。
細かく挽いたコーヒー豆は、お湯の通り道を狭くするため、抽出に時間がかかります。さらに、フィンに入れる際には、内蓋でコーヒーの粉を上から軽く押さえます。 これにより、粉の層が圧縮され、お湯がさらにゆっくりと通過することになるのです。 この深煎り・細挽きの豆を時間をかけてじっくり抽出することが、濃厚で力強い味わいを生み出すための重要なポイントです。
少量のお湯でじっくり蒸らす工程
ベトナムコーヒーを淹れる際、最初に行うのが「蒸らし」という工程です。まず、フィンにセットしたコーヒー粉全体が湿るように、少量のお湯を注ぎます。 この蒸らし時間は、一般的なドリップコーヒーが約30秒なのに対し、ベトナムコーヒーでは約1分と長めに取ることが推奨されています。
この長い蒸らし時間には、コーヒー豆に含まれるガスをしっかりと抜き、お湯の通り道を確保するという目的もありますが、それ以上に、粉全体を均一に湿らせてこの後の抽出に備えるという意味合いが強いです。 じっくりと蒸らすことで、コーヒー豆の成分が引き出されやすい状態になり、その後の本抽出で、より濃厚でコクのある味わいを引き出すことができるのです。この丁寧な蒸らしの工程も、抽出に時間がかかる一因となっています。
時間をかけるからこそ美味しい!ベトナムコーヒーの魅力

抽出に時間がかかるベトナムコーヒーですが、その時間がおいしさの秘訣です。ここでは、時間をかけるからこそ生まれるベトナムコーヒーならではの魅力についてご紹介します。濃厚な味わいから、現地の文化まで、その奥深さに触れてみましょう。
濃厚でコク深い味わい
ベトナムコーヒーの最大の魅力は、なんといってもその濃厚でコク深い味わいです。 主に使われるロブスタ種の豆は、もともと苦味が強く、しっかりとしたボディが特徴です。 この豆を深煎りにすることで、さらに苦味と香ばしさが強調されます。
そして、専用フィルター「フィン」を使い、時間をかけてじっくりとお湯を透過させることで、コーヒー豆の成分が余すことなく抽出されます。 この製法により、まるでエスプレッソのように濃厚で、チョコレートを思わせるような独特の風味が生まれるのです。 ブラックで飲むと、その力強い苦味と香りをダイレクトに感じることができます。人によっては「焦げたような匂い」や「苦い泥のようだ」と感じるほど、非常に個性的でクセのある味わいです。
練乳との絶妙なハーモニー
この濃厚で苦いコーヒーに、甘いコンデンスミルク(練乳)を加えるのがベトナム流です。 このスタイルが生まれた背景には、ベトナムの歴史が関係しています。19世紀にフランスの植民地となった際、コーヒーと共にカフェオレを飲む文化も伝わりました。 しかし、当時のベトナムでは新鮮な牛乳が手に入りにくく、冷蔵設備も普及していませんでした。 そこで、常温で長期保存が可能で、安価に手に入る練乳が牛乳の代わりとして使われるようになったのです。
この偶然の出会いが、ベトナムコーヒーの個性を決定づけました。コーヒーの強烈な苦味と、練乳の濃厚な甘さが見事に融合し、まるでスイーツのような、甘くて飲みごたえのある一杯が完成します。 最初にしっかりと混ぜて飲むのが一般的ですが、あえて混ぜずに飲むことで、最初はコーヒーの苦味、後半は練乳の甘さという味の変化を楽しむこともできます。
抽出を待つ時間も楽しむ文化
ベトナムでは、コーヒーは単なる飲み物ではなく、人々の生活に深く根付いた文化です。 おしゃれなカフェから、路上に小さな椅子とテーブルを並べただけの簡素な店まで、街の至る所でコーヒーを楽しむ人々の姿を見かけます。
フィンからコーヒーがぽたり、ぽたりと落ちるのを眺めながら、友人とおしゃべりをしたり、ただぼーっと物思いにふけったり。この抽出を待つ5分から10分ほどのゆったりとした時間は、忙しい日常から少し離れて、心穏やかに過ごすための大切なひとときなのです。 効率やスピードが重視される現代社会において、この「何もしない時間」を楽しむことこそ、ベトナムコーヒーが提供してくれる最高の贅沢の一つと言えるでしょう。
自宅で実践!時間がかかるベトナムコーヒーの美味しい淹れ方

本格的なベトナムコーヒーは、実はご自宅でも簡単に楽しむことができます。専用の器具さえあれば、あとはポイントを押さえるだけ。ここでは、基本のホットコーヒーからアレンジレシピまで、美味しい淹れ方をステップごとに詳しく解説します。
必要な器具と材料
まずは、ベトナムコーヒーを淹れるために必要なものを揃えましょう。
・ベトナムコーヒー用のコーヒー粉(深煎り・細挽き):15g〜20g
・お湯(沸騰直後):約120ml
・コンデンスミルク(練乳):20g〜25g(お好みで調整)
・カフェ・フィン(ベトナムコーヒー専用フィルター)
・耐熱性のグラスカップ
・ドリップポット(あると注ぎやすい)
コーヒー豆は、ベトナム産のロブスタ種が手に入ればベストですが、なければ市販の深煎り(フレンチローストやイタリアンロースト)の豆を細かく挽いて代用することも可能です。 カフェ・フィンはインターネット通販などで手軽に購入できます。
基本のホットコーヒー(カフェ・フィン)の淹れ方ステップ
準備が整ったら、早速淹れていきましょう。
1. グラスに練乳を入れる: まず、耐熱グラスにお好みの量の練乳を入れておきます。
2. フィルターをセットする: グラスの上にカフェ・フィンの下皿を乗せ、その上にドリッパーをセットします。
3. コーヒー粉を入れる: ドリッパーにコーヒー粉を入れ、表面が平らになるように軽く揺すります。
4. 粉を押さえる: 内蓋を上から乗せ、軽く押さえてコーヒー粉を固めます。強く押しすぎるとお湯が落ちなくなるので注意してください。
5. 蒸らす: 沸騰したお湯を少量(粉全体が湿る程度)注ぎ、上蓋をして1分ほど蒸らします。
6. お湯を注ぐ: 蒸らしが終わったら、ドリッパーの7〜8分目までお湯を静かに注ぎ、再び上蓋をします。
7. 抽出を待つ: コーヒーがぽたぽたと落ちてくるので、抽出が終わるまで5〜7分ほど待ちます。
8. 完成: 抽出が終わったら、フィルターを外し、グラスの底の練乳とコーヒーをよくかき混ぜて完成です。
アレンジレシピ:アイスコーヒー(カフェ・スア・ダー)
暑い日には、氷をたっぷり入れたアイスコーヒー「カフェ・スア・ダー」がおすすめです。
1. 基本のホットコーヒーを淹れる: 上記の手順で、まずはホットの練乳入りコーヒーを作ります。
2. 氷を入れたグラスを用意する: 別のグラスに氷をたっぷりと入れます。
3. コーヒーを注ぐ: 出来上がったホットコーヒーを、氷の入ったグラスに一気に注ぎ入れます。
4. よく混ぜる: 急冷することで香りが引き立ちます。よくかき混ぜて、グラスが冷たくなったら完成です。
一年中暑いベトナムでは、このアイスで飲むスタイルが非常にポピュラーです。
美味しく淹れるためのコツと注意点
・お湯の温度: お湯は必ず沸騰したものを使用しましょう。温度が低いと、うまく抽出されません。
・粉の量と挽き方: 粉が細かすぎたり、量が多すぎたりするとお湯が落ちにくくなります。抽出に10分以上かかるようであれば、次回から少し粗めに挽くか、量を減らして調整してみてください。
・火傷に注意: 抽出後のフィンは非常に熱くなっています。 蓋やフィルターを外す際は、火傷しないように十分注意してください。
・フィンがない場合: 専用のフィンがない場合は、通常のペーパーフィルターで代用することも可能です。その際は、できるだけ少量のお湯でゆっくりと、時間をかけて濃いめに抽出するのがポイントです。
ベトナムコーヒーの豆知識と文化

ベトナムコーヒーの魅力は、その味わいだけにとどまりません。主に使われる豆の種類や、現地で楽しまれている多様なメニュー、そして人々の生活に根付いたカフェ文化など、知れば知るほど奥深い世界が広がっています。
主に使われるコーヒー豆の種類
ベトSナムコーヒーの主役は、何と言っても「ロブスタ種」です。 正式にはカネフォラ種とも呼ばれ、病気に強く、高温多湿な気候でも育ちやすいのが特徴です。 ベトナムは、このロブスタ種の生産量において世界第1位を誇ります。
ロブスタ種は、一般的にドリップコーヒーに使われるアラビカ種に比べてカフェインの含有量が多く、苦味が強い反面、酸味はほとんどありません。 その独特の風味から、日本ではインスタントコーヒーや缶コーヒーの原料として使われることが多い豆です。 この力強い味わいこそが、練乳の濃厚な甘さと合わさることで、唯一無二のベトナムコーヒーを生み出しているのです。
また、ベトナムでも少数ながらアラビカ種も栽培されています。 フルーティーな酸味と華やかな香りが特徴で、近年品質も向上しており、スペシャルティコーヒーとして注目を集めています。
ベトナムの多様なコーヒーメニュー
ベトナムのカフェに入ると、そのメニューの豊富さに驚かされるかもしれません。定番の練乳入りコーヒー「カフェ・スア・ダー」の他にも、ユニークで魅力的なアレンジコーヒーがたくさんあります。
・エッグコーヒー(カフェ・チュン): 首都ハノイの名物で、コーヒーの上に、卵黄と砂糖、練乳をクリーム状になるまで泡立てたものを乗せたドリンクです。 カスタードクリームのような濃厚でまろやかな味わいが特徴で、スイーツ感覚で楽しめます。
・ヨーグルトコーヒー(スア・チュア・カフェ): 濃く淹れたコーヒーにヨーグルトを混ぜた、意外な組み合わせながらも人気のメニューです。 コーヒーの苦味とヨーグルトの酸味が絶妙にマッチし、さっぱりとした後味を楽しめます。
・ココナッツコーヒー: 練乳の代わりに、もしくは練乳と一緒にココナッツミルクを使ったコーヒーです。南国らしい甘い香りとクリーミーな味わいが特徴です。
これらの他にも、フルーツと合わせたスムージーのようなコーヒーなど、地域やお店によって様々なバリエーションが存在します。
現地のカフェ文化と時間の流れ
ベトナムにおいて、コーヒーは人々の日常生活に欠かせないコミュニケーションツールです。 街角の路上カフェでは、プラスチック製の低い椅子に座り、おしゃべりに興じる地元の人々の姿が日常の風景となっています。 日本人がリラックスや社交の場としてカフェを利用するのに対し、ベトナム人は日常的にコーヒーをテイクアウトし、職場や学校で集中力を高めるために飲むことも多いようです。
フランス植民地時代に持ち込まれたコーヒー文化は、ベトナムの風土と人々の気質の中で独自に発展を遂げました。 フィンでゆっくりとコーヒーが抽出されるのを待つ時間は、単なる待ち時間ではありません。それは、友人や家族との語らいを楽しみ、時には一人で物思いにふける、ベトナムの人々にとっての穏やかで大切な時間なのです。
時間がかかるベトナムコーヒーに関するよくある質問

ベトナムコーヒーについて、もっと知りたいと思う方もいるかもしれません。ここでは、抽出時間や器具の代用方法など、よくある質問にお答えします。これを読めば、あなたのベトナムコーヒーへの疑問もすっきり解消するはずです。
抽出時間はどのくらいが目安?
ベトナムコーヒーの抽出時間の目安は、一般的に5分から7分程度とされています。 世界で最も抽出に時間がかかるコーヒーの一つとも言われています。
ただし、これはあくまで目安です。使用するコーヒー豆の挽き具合や量、フィンの種類、そしてお湯の注ぎ方によって抽出時間は変わってきます。例えば、豆の挽き方が細かすぎたり、量が多かったり、上から押さえる力が強すぎたりすると、お湯の通りが悪くなり、10分以上かかってしまうこともあります。 逆に、挽き方が粗すぎると、お湯がすぐに落ちてしまい、薄い味わいになってしまいます。
何度か試してみて、自分好みの濃さになる抽出時間を見つけるのも、ベトナムコーヒーの楽しみ方の一つです。5分前後で落ちきるのが一つの理想とされていますので、それを基準に調整してみると良いでしょう。
フィンがない場合の代用方法は?
「ベトナムコーヒーを試してみたいけど、専用のフィンがない」という場合でも、ご家庭にある器具で代用することが可能です。 最も手軽なのは、一般的なペーパードリッパーとペーパーフィルターを使う方法です。
美味しく淹れるコツは、とにかく「濃く」抽出すること。コーヒー豆の量を普段より多めにし、少量のお湯でゆっくりと時間をかけてドリップします。蒸らし時間も長めにとると、より濃厚な味わいに近づけることができます。
また、フレンチプレスをお持ちであれば、それも良い代用品になります。フレンチプレスは金属フィルターで豆の油分まで抽出できるため、ベトナムコーヒー特有の濃厚で力強い味わいを再現しやすいでしょう。コーヒー粉とお湯を入れて4分ほど待ってからプレスし、濃く抽出したコーヒーを練乳の入ったカップに注いでください。
もっと手軽に楽しむ方法はある?
「抽出を待つ時間も楽しみたいけれど、毎回淹れるのは少し大変」と感じる方には、もっと手軽な方法もあります。ベトナムでは、お湯を注ぐだけで楽しめるインスタントのベトナムコーヒーも非常に人気があり、広く流通しています。
多くは、コーヒー、砂糖、ミルク(クリーマー)が一体となった3in1タイプで、手軽にあの甘くて濃厚な味わいを再現できます。お土産としても人気があり、日本の輸入食品店やインターネット通販でも購入することができます。
また、ベトナムコーヒーのドリップバッグタイプも販売されています。こちらは一杯分ずつ個包装になっており、カップに乗せてお湯を注ぐだけで、より本格的な味わいに近いコーヒーを手軽に楽しむことができます。忙しい朝や、オフィスでの一息にもぴったりです。
まとめ:時間がかかるベトナムコーヒーの魅力を再発見

この記事では、「ベトナムコーヒーに時間がかかる」というキーワードを軸に、その理由から美味しい淹れ方、そして現地の文化までを深掘りしてきました。
ベトナムコーヒーの抽出に時間がかかるのは、専用フィルター「フィン」の独特な構造、深煎り・細挽きのロブスタ種という豆の特性、そして少量のお湯でじっくり蒸らすという丁寧な工程に理由がありました。 この時間が、他にはない濃厚でコク深い味わいを生み出しているのです。 そして、その力強い苦味と練乳の甘さが織りなす絶妙なハーモニーは、一度味わうと癖になる魅力があります。
ご自宅で淹れる際は、フィンと深煎りの豆を準備し、蒸らし時間をしっかり取ってゆっくり抽出するのがポイントです。また、フィンがなくても、普段お使いのドリッパーで濃いめに淹れることで雰囲気を楽しむこともできます。
なにより、コーヒーが落ちるのをただ待つ時間は、ベトナムの人々にとっては日常の喧騒を忘れ、穏やかなひとときを過ごすための大切な文化です。 次にベトナムコーヒーを飲む機会があれば、ぜひその「時間」ごと味わってみてください。きっと、いつもより深く、豊かなコーヒー体験ができるはずです。



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